近年の学園恋愛系AVGタイトルにおいて、作品公式サイトが作中世界の概要を「舞台設定」「世界観」といった名前の独立の項目として強調することが多くなってきたように思われる。このような傾向が何に由来しているかを検討する前に、まずその印象が正しいかどうかを確認しておこう。
素材としては、getchu.comの年別「ゲーム・セールスランキング」(参考リンク:2012年のランキング)の上位50位に登場したブランドについて、公式サイトの作品紹介ページでいつ頃から「舞台設定」項目を設けるようになったかを確認していく。このようなアプローチを採用した理由は、「全ブランドの網羅的調査は至難であるため、そのような詳細な調査に着手する前にまずは白箱系に焦点を当てるため、それらを抽出しやすい手掛かりとして選んだ」というものである。当然ながら、この母集団選定は少なからずバイアスに伴われている筈であり、それゆえここからPCアダルトゲーム分野《全体》の傾向を見出すことはほぼ不可能であろうことはあらかじめ断っておかねばならない。
該当如何の判別基準は、「ゲームブランド公式サイトの個別作品紹介コーナーで、そのトップページから『舞台背景』『舞台設定』『背景』『世界観』『world』『stage』『background』『map』などの項目が表示されているかどうか」である。ただし、「世界観」「世界設定」等と称して当該作中世界のSF的設定のみを説明しているに過ぎないような場合は除外している。他方で、個別にチェックして「作品コンセプト」の名称の下に舞台紹介が為されているタイトルも算入している。
2010年~2012年の「ゲーム・セールスランキング」上位50位に登場した83ブランドについて、それぞれ作品紹介ページで「舞台紹介」項目を初めて採用した年を見ていくと、以下のようになった。
年次 | ブランド数 | ブランド名 |
~2000 | 0 | |
2001 | 1 | ソフトハウスキャラ |
2002 | 1 | エウシュリー |
2003 | 2 | オーガスト、xuse |
2004 | 3 | すたじお緑茶、light(註1)、戯画 |
2005 | 4 | Lump of Sugar、Purple software、ぱれっと、PULLTOP |
2006 | 3 | eufonie、UNiSONSHIFT、アトリエかぐや |
2007 | 5 | SAGA PLANETS、ま~まれぇど、ROOT、propeller、 キャラメルBOX |
2008 | 8 | Clochette、Ricotta、Sphere、Aries、Alicesoft、ASa Project、 Innocent Grey、CandySoft |
2009 | 4 | ゆずソフト、ういんどみる、CIRCUS、ETERNAL |
2000 | 3 | softhouse-seal GRANDEE、HOOKSOFT、あかべぇそふとつぅ |
2011 | 6 | EX-ONE、rootnuko、ωstar、key、Liquid、MOON STONE |
2012 | 6 | astronauts、FAVORITE、ensemble、BaseSon、Navel、 ALcot Honey Cumb |
未採用 または 確認不能 | 37 | (みなとそふと、ALcot、minori、フロントウイング、Whirlpool、たぬきそふと、 Leaf、でぼの巣製作所、May-Be SOFT、BISHOP、feng、Axl、age、KISS、 オーバーフローなど)(註2) |
計 | 83 |
※フォント小表示ブランドは、その後採用例が非常に少ないブランド。
註1)lightは2004年以前は個別作品紹介ページを閲覧できなかった。
註2)しゃんぐりらすまーとは、公式サイト消滅(?)のため確認できなかった。
まず、定量的側面について見ると、公式サイト上で「舞台紹介」を一度以上採用したことのあるブランドは、83ブランド中46ブランド(55.4%)。継続的に舞台紹介を行っているもの(上記太字)は、いまだ18ブランド(21.7%)にすぎない。時系列に沿ってみると、「舞台紹介」のあるタイトルは00年代前半からいくつか現れていたものの、2008年に急激に増加したことが見て取れる。
内容面(すなわち作品傾向)で見ると、以下のことが指摘できる。
1)SLG系ブランドのいくつか(ソフトハウスキャラ、エウシュリー、xuse)が比較的早期に舞台紹介に着手してきたこと。アトリエかぐやも、舞台紹介のある3本のうち2本はSLG/RPGタイトルである(『アマツ』と『DC2』、そしてAVGの『夏神』)。ただし、Alicesoftはその膨大なラインアップの中で『闘神都市III』と『パステルチャイム3』のわずか2本のみだし、ETERNALも1本のみである。でぼの巣製作所に至っては一度も採用していない。
2)総数としては学園恋愛系ブランドの採用傾向が圧倒的であること。「学園恋愛系」と見做せるであろう30ブランドのうち、23ブランドが少なくとも一回以上採用している。しかも、作中舞台がそれほど特徴的なものではない場合でも、舞台紹介を置いていることが多い(――この事実は、「舞台紹介」がただ単に設定紹介のためにあるのではないことを示唆している)。
3)性表現要素にウェイトを置く「ピンク系」ブランドでは、採用率が比較的低いこと。Ricotta、SHS DRANDEE、Ricotta、ωstarはあるが、Liquidは『無限煉姦』一本のみであり、先に述べたとおりアトリエかぐやもAVG系タイトルでの採用例は『夏神』一作のみである。それ以外にランクインしているMay-Be SOFT、たぬきそふと、Empress、BISHOP、c:drive.はいずれも一度も舞台紹介項目を採用していない。
4)意外にも(?)、伝奇/バトル/ファンタジー系ブランドでの採用率は高いとは言いがたい。特にLassは、毎回意欲的な舞台設定に挑戦しているにもかかわらず、公式サイトの次元ではあまり大きくアピールしていない。
ここから大掛かりな結論を導き出すことはできないが、個々のブランドの個性や意欲的な試み、あるいは流行を読む鋭さが見て取れる。以下雑感になるが――
たとえば『月は東に~』で早くも「world」項目を作ってみせたオーガストの先進性は明らかだし、またすたじお緑茶が物語の舞台をいかに大事にしてきたかも窺われる。なお、戯画は2005年の『ショコラ』で店舗紹介欄を設けていたが、舞台紹介が通例化するのは2008年の『さかあがりハリケーン』以降であり、実質的には2008年組に属する。Sphereは『ヨスガノソラ』『イモウトノカタチ』の2本で採用しているが、それ以外のCUFFS系列ブランドでは一度も採用されていないというのも興味深い。UNiSONSHIFTは、『ななついろ』以降のUS Blossom系統のみが採用している。意外なことに、ういんどみる(&oasis)は、『祝福のカンパネラ』でしか舞台紹介を行っていない。若いブランドの中では、EX-ONEとastronautsはデビュー作から一貫して(全作品に)舞台紹介欄を設けている。
先に述べたとおり、上記の傾向がアダルトゲーム全体の傾向というわけではない。セールスランキングに出にくい分野――低価格タイトル、黒箱系、新規ブランドなど――をきちんと視野に入れて議論するためには、もっと詳細な調査が必要になる。しかしながら、「2007-08年頃から、特に白箱系で、舞台紹介が増えてきたようだ」という、おそらく私以外のユーザーたちもそれなりに感じているであろう印象がどのような事実に由来しているのか、あるいはどのような事実に対応しているのかを説明するうえでは、以上の簡単な調査でも一定の手掛かりは得られたと言ってよいだろう。