2015/02/23

非全画面の背景画像(1)

  「AVGの画面構成について」再論。
  背景画像が全画面サイズでないタイトルと、それらの表現効果について。
  各論的な実例検討は次ページにて。


  【 全画面背景の歴史的展開と意義 】
  現在のPCアダルト美少女ゲームの支配的流儀は、
  1)多くの場面では、「ウィンドウ全体に展開され、おおむね主人公の視界に近い像を示す、汎用的に使用される背景画像」と「主要な登場人物の存在を示し、バストアップから全身画像までそのサイズは様々であるが、基本的には正面を向いている、汎用的な人物画像(いわゆる「立ち絵」)」の組み合わせによって、その都度の状況が表される。とりわけ立ち絵は、多くの局所的変化(差分変化)を伴っているのが通例である。その一方で、
  2)特定の場面では、「画面全体に展開される、特殊な画像(「一枚絵」「イベントCG」「スチル」などと呼称される)」が使用されることがある。一枚絵は、汎用画像のみでは表現できない状況や、特に重要だと考えられるシーン(主要キャラクターの初登場シーンや、なかんずくベッドシーン)に投入される。

  このスタイルは、一説によれば、『雫』(Leaf、1996)によって確立され、その後、PC美少女ゲーム分野で広範に用いられている(cf. [tw: 17042786045919232 ])。これ以前にも「全画面背景+立ち絵」構成を採用したアダルトゲーム作品は存在したのかもしれないし、また隣接分野でもそれ以前に『かまいたちの夜』(チュンソフト、1994)は「全画面背景+人物画像(ただし単色の影絵)」という形態を採用していた。しかし、従来のコンピュータ(アダルト)AVGは、通常シーンで全画面画像を使用することはほとんど無く、窓(ウィンドウ内ウィンドウ)のような枠の中に、場所を示す画像と人物を示す画像が表示されるというのが支配的だったようである(――これについては「AVGの画面構成について」記事で多少論じた)。
  往時のコンピュータアダルトAVG作品の画面レイアウトがどのようなものであったかについては、一例として、[ ch.nicovideo.jp/hisabilly/blomaga/ar222562 , /ar222701 ]でその実例を確認することができる。パラメータ表示、メッセージウィンドウ、入力インターフェイス、黒領域、彫刻模様などが配置されているのが見て取れる。


  全画面背景の効用は、
  1)端的に言えば、余白が無いという点にある。つまり、何も表していないデッドスペースも、汎用的な装飾画像による埋め草領域も、ウィンドウの中に無いということである。
  2)プレイヤーの多くが主人公の視点への「感情移入」を重視する美少女ゲームにおいては、夾雑物の無い素直な全画面視野は、ゲーム画面を主人公の視界に擬したものとして受け止めることをより容易にしたであろう。
  3)それはまた、美少女ゲームの趨勢が、所持金や日数経過といったパラメータ操作を控えめなものにしていった経緯とも、軌を一にするものであっただろう。
  4)PCスペックの向上のような外的事情や、背景画像の精緻化といった側面的事情も、全画面背景の使用を後押ししてきた、あるいは少なくとも有利な環境条件を提供したと思われる。
  このような見地からして、現在の美少女ゲームが、a)安定した水平角度で、b)ウィンドウ全体に広がりきった、c)彩り豊かな背景画像を、自己のものとして享受しているのは、ごく自然なことであり、そして基本的には好ましいことであると言える。



  【 非-全画面背景の可能性 】
  しかし、全画面背景が唯一の正解だということではない。

  1)ゲームメカニズム上の要請。もちろんSTG(特に縦シュー、例えば『天神楽』)やACT(例えば『D+VINE[LUV]』)では、画面をメインの状況表示領域とステータス等表示領域とに分割表示することが多い。もちろん、STG(特に横シュー)やACT、RPG作品でも、ゲーム画面を機能的に分割することなくその一体性を確保している作品も数多く存在する。

「天神楽」(『でぼの巣箱』)
(c)2005 studio e.go!
縦進行形式のSTGや、複雑なパラメータ管理を伴うRPG、あるいは瞬間的な判断が求められるACTでは、メイン画面が複数に分割されていることもけっして稀ではない。ただし、それらの作品でも、AVGパートは全画面一枚絵と下部テキスト表示になるのが通例である。横STGも、その仕様上、全画面で展開されることが多い。


  2)表現スタイルそのものの特殊性。純AVG作品の中でも、ごく一部の特殊なスタイルを採用しているタイトルにおいては、その作品の全て、あるいは大部分において、全画面背景が使われない。その典型例が、『Quartett!』(Littlewitch、2004)である。この作品における視覚表現は、物語進行に応じてその都度用意されたさまざまな形態及びサイズの画像群を、いわばカットインのように融通無碍に組み合わせるというものである。ここでは、通常の意味での(汎用的な)立ち絵はほとんど存在しないし、そして背景画像も、場所及び状況をごく簡潔に示唆するカットイン画像として提示されるに過ぎなかったり、あるいは他の何枚ものカットイン画像が行き来する土台としての地位以上のものではなかったりする。

『Quartett!』 (c)2004 Littlewitch
本作は、「全画面背景+汎用立ち絵のモンタージュ」という一般的画面構成を採用しておらず、その都度のワンオフ画像素材を様々に組み合わせて物語は進行する。場所を示す全画面背景が置かれることもあるが、左記引用画像のように黒画面上にカットイン画像群が行き来するという体裁のシーンも少なくない。


  3)表現文法上の特殊処理。一般的なスタイルを踏襲している純AVG作品においても、「回想シーン」「モノローグシーン」「夢や幻想上のシーン」「他者視点シーン」などでは、画面上下に黒帯領域(レターボックス)を付与して、非全画面化するという文法的処理が為されることがある。これらは「過去」「内面」「非現実」「他者」を表象するための加工であり、言い換えれば、いずれも「主人公の現在・現実の外的世界に意識が向けられていない」状況を文法的に表現している。これは、現在の美少女ゲームにおいては、ほぼ確立され共有された意味作用のコードとして通用している。
  同様に、主人公が特定の場所に注意を向けている場面や、プレイヤーに対して登場人物の特定の所作を強調する際に、それ以外の領域に黒帯を掛けることもある。これは、物理的な視野狭窄の表現ではなく、主観的な意識の集中を示すための黒帯表現である。

『さくらシュトラッセ』 (c)2008 ぱれっと
物語進行をいったん停止して、主人公のモノローグがプレイヤー(読者)に対して登場人物の紹介を行う場面。通常の物語進行とは異なることを意味するコードとして、画面上下に黒帯が掛けられている。もちろん、通常進行に戻れば、この黒帯は消滅する。


  4)写実寄りの視界表現としての一時的/局所的な黒領域。特殊な例として、『奥さまは巫女?R』(pajamas soft、2004)には、着ぐるみの中に入った主人公の視界表現として、画面上下にギザギザ模様の黒領域(つまり着ぐるみの歯列部分)が表示される場面がある。
  同じように、主人公のまばたきを表すために、上下から黒領域が閉じてくるという表現が用いられることもある(例:『恋神』[PULLTOP、2010])。双眼鏡で遠くを凝視する際に、プレイヤーの画面にも∞型に黒い影が付与されることもある(例:『マブラヴ オルタネイティヴ』[age、2006])。さらに、カメラのシャッターを模したと思われる瞬間的な暗転表現などもある。これらは、プレイヤーに対して主人公の物理的視界を(擬似的に)表すものとして、何も描かない領域(黒画像)を使用している。一般論として、はたしてAVGの画面が主人公の視界を表すものと見做されるべきかどうかについては、さらに慎重な検討に俟つべきであろうが、少なくとも個別事例において、このような視界再現的な画面構成が存在することは確認しておくべきだろう。

『奥さまは巫女?R』
(c)2004 pajamas soft
主人公が怪獣型着ぐるみの中に入って、その口から外界を見ている状況。怪獣の歯列を表す影が、画面四方を覆っている。同様の仕方で、系列ブランドの『とらぶる@すぱいらる!』(Aries、2011)は、下着を被った主人公の視界を表現した。


  5)非-全画面背景の演出意図次ページで個別的に検討する。