2023/04/19

『水星』雑感

 『水星』雑感。主に1期終盤を巡って。
 

 無重力空間に飛散する粘度高めの液体のアニメーションは、おそらく世界アニメ史上でも最高級の緻密さと迫力で、それが演出上の効果になっているのも分かるけど、あそこまでのリアリスティックな流血表現(残虐表現)を事前警告無しで放映したのはちょっときついかな……とも思う。今世紀の日本アニメの中でも、あそこまでモロに描いたのは相当珍しいのではなかろうか。銃器を突きつける描写と同じように、視聴者に深刻なダメージを与えてしまう危険性がある。視覚的にはマイルドでありつつ、物語演出上は同等の意味を持たせる描写も採り得ただろうし……。作中で直接描いてしまうにしても、もうちょっと受け手が事前に察せられるくらいにはしておいた方が良かったのではないかなあ……。びっくり箱での流血ぐろは、うーん、諸手を挙げて賛成しにくい。そのくらい、「リアリスティックに作り込まれたアニメーション」の力は強いのだから。
 『イゼッタ』での捕虜射殺シーンとかも、めちゃくちゃきつかったしなあ……。銃口を突きつけたり銃撃したりする描写を、広告や一般放送媒体で避けるのは、それはそれで意味のあるものだと思う。フィクションであっても、受け手に本物のダメージを生じさせることはあるのだから。 
 
 もちろん実写映画(戦争ものやホラー)やドキュメンタリーや小説や美術でも、同様のことは生じうる。しかし美術展はある程度予期できるし、小説(文字媒体)ではそこまできつくはならない。ホラー(スプラッタ)は、事前判断できる。戦争映画では、たまにきついものがあるけど……。「ガン○ムってのは(ロボット戦争アニメの本質は)こういうものだよ!」という意見もあるけど、それは、なんというか、いわば抑圧的文化をサヴァイヴしてきた強者の理屈のようなものであって、私はそういうのにはあんまり乗れない。
 例えば、スプラッタ映画好きな人が自分たちで視聴するのは、完全に自由であり正当だ。しかし、スプラッタ映画好きな人がそうでない人に対して、警告せずにいきなりそういう映画を見せるのは、けっして良いことではないだろう。そういう感じ。(※ちなみに、私自身はそのジャンルも多少はいける派ではある)。例えばR15を掲げて注意喚起しておくべきくらいの描写だったんじゃないかなあ……。私自身はむしろ、その種の描写もふてぶてしく楽しんで受け止められる側だと思うけど、事前準備の無かった視聴者たちがどんなダメージを受けてしまったかを考えると、いろいろと躊躇せざるを得ない。

 作品構成上、しっかり設計されたうえでのシーンであり、作品コンセプトにとっても大きな意味があること、作劇としてもアニメーション技術としても優れていること(そのように論じられている)、それ自体はけっして否定しないが、見せ方の社会的なTPOはあるよね……。なんか、こう、00年代的な悪趣味ネタやブラックジョークに近いんだよね……。そのあたりも、「うーん、今時こんなふうにやるの?」という距離感につながっている。びっくり箱度合いが勝ちすぎて、やっぱりあんまり感心しないなあ……。あくまでエンタメ作品なのだから、あれでいいのかもしれないけど。


 恐怖の表情で、アホ毛の部分までしっかり影を作っているのは、ちょっと笑ってしまう……。昔の議論では、「アホ毛はあくまで記号的表現であって、作中世界で物理的に実在するわけではない」という解釈だったが、アホ毛をそのままに全体の描き込みを緻密化していくと、「アホ毛も影に映る」ことになってしまう。かといって、影にはアホ毛を映さずにしておくのも、それはそれで、視聴者は気になってしまうかもしれない。そもそも、2020年代にもなって露骨なアホ毛を頭頂部に生やしているキャラデザは、うーん、ちょっとよく分からないのよな……。
 

 現代ロボットアニメの空間戦闘は、こんな見せ方でいいのだろうか? 画面奥からカメラの前まで一気に向かってきては、これ見よがしにロボの顔面ドアップを映していくショットが頻発して、いや、まさにそれを見せるためのアニメではあるんだけど、ちょっと食傷する。そういう、いかにも販促デモンストレーションっぽい映像構成が、ロボットそれ自体の造形的緻密さや宇宙ステーションデザインなどのリアリズムとの間で、妙に落差を感じさせる。これはこれで仕方ないのかもしれないけど……。
 人間ドラマのパートはいろいろと力を入れているのが見て取れるし、最新の現代的感性をしっかり掴んでいるのは分かるのだが、それに対してロボットバトルのパートは紋切り型を脱していないように見える。例えば、「敵増援が来たので撤退しよう」という場面でも、『0083』は増槽をバラバラッと切り離してダイナミックに全身を反転させて逃げ去るという凝ったコンテにしていた。それを、ただ単純に「まっすぐ後退していく横向きカットに切り替えるだけ」では、どうにも面白くない。敵側ロボットと正面衝突して切り結ぶ場面でも、中途半端なミッドショット/ロングショットでただ真横にまっすぐぶつかっていくという平凡なコンテが目立った。もっと迫力のある演出にも出来た筈では……。いろいろなロボットが登場するわりに、画面上で敵味方の識別がかなり難解だったというのもある。たしかに一部には、実際に混戦状態があったけど、それを差し引いても、ロボットのキャラデザも含めて、視覚的にあまり整理されていないように感じた。射撃戦も、細いビームをパラパラ撃つばかりで、しかも射撃SEにも迫力が乏しい。最後に大物をぶっ放したときも今一つ。脚部を溶かしたカットも、むしろ威力をみみっちく見せてしまっている。ロボットアニメの宇宙戦闘ってこんなのでしたっけ……?
 ざっとtw内検索してみても、戦闘演出を褒めているものだけでなく、不満を表明している投稿も散見される(新鮮味が無い、力感に欠けるなど)。なので、私だけのハズれた見方ということではないだろう。悪いというほどではないが、「もっと出来ただろうに」という意味で、もったいない。