2025年5月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
今月から新規作品は出版社やレーベルも記載してみる。会社ごと、雑誌ごとにカラーがあるので、関連情報として一定の意義があるだろう。
●新規作品。
パミラ『骨姫ロザリー』第1巻(OVERLAP、原作あり)。ファンタジー世界で、とある孤独な少女が強大な魔術的能力を身につけ、そして彼女にネクロマンサーの力を分け与えた男性とともにいろいろ活動する話になるようだ。ベタな設定ではあるが、薄幸少女のバックグラウンドやその成長ぶり、そして程良く(?)荒々しい世界像の情趣など、心に残るものがある。いずれ立ち向かわねばならない強大なヴァンパイアの存在も上手く効いてきてくれればよいが、どうなるかは知らない(※原作小説は未読)。漫画家は、『白地図のライゼンデ』に続く2作目の連載になるようだ。
soon茶(スンチャ)『ヤン先輩はひとりで生きていけない』第1巻(ガンガン)。自立心の強い女性(日本の大学生)と、他人と接触できない中国人留学生が交流していく話。「可愛げがない」と周囲から言われがちな人物が苦闘しながら自尊心を確立させていく過程。一見美形で裕福だが接触恐怖や生活無能力といった弱点を抱える男性の脆い魅力。そして、おそらくはラブロマンスになっていくであろう物語。続刊に期待したい。
からあげたろう『聖なる加護持ち令嬢は、騎士を目指しているので聖女にはなりません』第1巻(竹書房、原作あり)。タイトルどおりのシチュエーションだが、ややデフォルメしがちな主人公の元気さがたいへん気持ち良く描かれているし、周囲のモブ騎士たちも愛嬌がある。背景美術にもムードがある。ストーリーはどうなっていくか分からないが、表紙買いが当たった掘り出し物。作者はずいぶん風変わりなお名前だが、これまでいくつもの連載経験のある漫画家。旧作もいくつか読んでみたい。
近江のこ『もうやめて回復しないで賢者様!』第1巻(バンチ)。全年齢リ○ナ漫画だが、設定も描写もなかなか凝っている。リョ○漫画だけど。冒険者を目指す主人公少女には、瀕死になると発動するスキルがあり、賢者は彼女を危険なモンスターと戦わせては即時回復させながらそのスキルの謎を探っていくという話。グロいが流血はごく控えめ程度で、しかもその筋には珍しい高品質な作品(※そういうマイナー趣味は、頂点も低いのが通例なので)。ちなみに本作と、すぐ上の『加護持ち』は、「魔法で回復再生し続けられれば死なない(=最強の保障がある)」というガジェットが共通している。ありがちなゲーム的アイデアなので(例えばモンク系キャラ)、こういうネタ被りは珍しくないと思われるが、その共通アイデアから、片やポジティヴなお嬢様キャラ、片やダークな無限グロと対照的な展開に持って行っているのが面白い。
恩田ゆじ『まやか姉さんは嘘がつけない』第1巻(講談社、小さめの小B6判サイズ)。年上ヒロインが男性主人公についつい好意的な発言をしてしまうが、いつも「嘘だ」ということにして誤魔化しているシチュエーション。「からかい」系の一種と言えるが、キャラには魅力がある。作者はこれまで少女漫画でキャリアを積んでこられたので、かなり意外な路線変更かも。
三浦靖冬『ベッキーさんと私』第1巻(北村薫氏の原作、小学館。大きめのA5判単行本)。昭和初期を舞台にしたミステリの漫画化。トーン不使用で黒ベタの影の濃い画風で、アクションは乏しいが街の情緒と会話劇の緊張感、そしてやはり低年齢キャラ。ちなみに原作小説は未読。
藤見よいこ『半分姉弟』第1巻(リイド社)。複合ルーツの人々のオムニバス。アフリカ系フランス人の父親と日本人母親の間に生まれた姉弟が、名前を日本人らしく改名することで議論する。あるいは、中国系の母親を持つ女性が、とある客の中国人差別的な発言にショックを受けたり、母親(の言語)に対する馴染めなさをずっと抱いていたりする。その一方で、その差別発言をしてしまった知人女性も、障碍者差別の問題に心を痛める良心的な人物でもある。相手の境遇や苦しみを理解しきることは不可能だが、それでも他者の尊厳を認めあい、せめて自分の狭い周囲からでも他者を受け入れようとする姿勢から、多様な共生の社会を少しでも良い形にしていけるという希望を描いている。
火鳥満月(ひのとり・まんげつ)『Beat again』第1巻(メテオ/フレックス)。若くして引退した音楽家が、天才的な歌唱能力のある少女と出会って彼女のために作曲やサポートをしていく物語。筋書きそのものはベタだが、作画と演出が表現意欲に満ちていてたいへん面白い。作者は新人のコンビクリエイターとのこと。ところで、今どき英語タイトルの作品なのは珍しいかも。
押見修造『瞬きの音』第1巻(スペリオール連載)。逝去した妹を巡る自伝的作品のようだ。震えるような描線やウェットなベタ塗りなどに大きな特徴がある。この漫画家の作品を読むのは初めて。
桃月はち『能ある夫人は離縁届けを叩きつける』第1巻(双葉社/ACTION COMICS。電子版はすでに5巻分刊行されているようだ)。不実な貴族男性と離縁し、帽子店として独立の事業を始める女性の物語。舞台設定は、蒸気機関車が実用化されている洋風架空社会。ビジネスものとしては程々だが、意志的で凜々しい太眉主人公は魅力的。作者はこれが2度目の商業連載のようだ。
●カジュアル買い。
ふじつか雪『トナリは何を食う人ぞ:ほろよい』第13巻(花とゆめ)。新婚カップルの家庭料理漫画。少女漫画なのだが、萌え寄りの絵柄も、新婚夫婦というシチュエーションも、かなり珍しい路線と追われる。パートナー描写もなかなか今風で、対等にお互いを尊重し合う夫婦像で描かれているし、主人公以外のサブカップルたちもそれぞれに掘り下げているのが見て取れる。例えば、「料理上手な夫」、「出産直後の妻を大事にする夫」、「肉食妻と草食夫」、「学校教員の妻」など。
それにしても、少女漫画や少年漫画はリーズナブルよね……。一般の漫画単行本が税込800円台~900円台なのに対して、これらは500円台に収まる価格を維持している。もちろん、制作販売のコストが低いわけではないだろうし(子供向けだと、そもそも高価格ではまったく売れない=商売が成立しないと思われる)、薄利多売戦略を取れる市場でもないだろうから、さぞや様々な工夫と大変な努力をしているものと推察する。例えば「売れ筋コンテンツに集中」、「固定客を作る周辺戦略」等々。
星樹スズカ『悪役令嬢の矜持』(既刊2巻、ガンガン)。第1巻はいわば一種の倒叙ミステリーで、妖気のあるツリ目主人公の表情も素晴らしく、巻末でいったんきれいにオチがつく。これだけの話を一冊でまとめきったのは驚き。ただし仕掛けはやや強引だし、第2巻は他者視点からの語り直しや主人公の弱気恋愛ストーリーに傾斜していくようで、ちょっと残念。ちなみに主人公のキャラ造形は、女性向けというよりはむしろ男性向けのツンデレヒロインをアレンジしたような感じに見える。続刊を買うかどうかは……。
もりちか『うるしうるはし』第3巻(完結、秋田書店)。金沢で漆職人を目指す男子高校生と、近所に住む旅館の娘(年上)のラブストーリー。穏やかな恋愛ものとして堅実な出来。タイトルの語感とストーリー担当を見て『あそびあそばせ』を思い出したが、涼川りん氏ではなく、樋渡りん氏だった。
とこのま『稲穂くんは偽カノジョのはずなのに』第2巻(アース・スター)。事情があって女性として通学している同級生(内面は完全に男性)と、ナンパ除けのために付き合っているフリをする主人公男性の物語。ベタではあるが、周囲のサブキャラたちの人間関係も掘り下げられているようで、わりと面白かった。作者はこれが初連載。第1巻も読んでおこう。
みら『百合SMでふたりの気持ちはつながりますか?』第5巻(芳文社)。年を経た二人のすれ違いドラマから、ややギャグっぽい学生間のやり取りまで、複数の百合カップルのSM的関係が並行して展開されるようだ。絵作りも、やや生硬ながらまずまずの出来。既刊まで買うかどうかは……うーん。
小菊路よう『水曜姉弟』第5巻(完結、講談社)。おねショタ姉弟でワインを楽しむ物語。作品の存在は知っていたが、これまで買わずにいた。せっかくだから既刊も買い揃えて読もうかな。作者は現在、新たな連載『ヴォカライズ』(第1巻発売)を手掛けている。
大野将磨『鬼龍伝』第2巻。鬼になってしまった人間が、龍族女性と狛犬の二人とともに旅をする物語で、他の鬼たちから襲撃を受けつつサバイバルしていくストーリーのようだ。激しいバトル描写の合間に、力の抜けたおふざけ台詞が執拗に差し挟まれるという風変わりなスタイルに、不思議な味わいがある(※その点では徳弘正也を連想させる。あるいは業務用餅に近いとも言える)。絵柄はかなり荒っぽいが、芸術の初期衝動めいた迫力があるし、漫画の展開を面白くしようと手を尽くす作者の努力もはっきり見て取れる。読者を惹きつける魅力は十分にあるし、個性的な描写も多いので、しばらくついていってみようかな。ちなみに作者の過去作品『リモデリング』は、超人たちが危険な存在として迫害される世界で、地下バトルで生き抜こうとする少女のシリアスな物語だったようだ。今作と比べて、なかなかの落差がある。
というわけで第1巻も買って読んだ。ひとの尊厳を大切にする誠実な志操の高さと、毎ページのように挟まる漫才的やり取りのギャップがなんとも個性的で、そして楽しい。他の作品も買いたかったが、残念ながら近場のジュンク堂は在庫切れだった。
BOMHAT『クオーツの国』(新刊の第5巻で完結した)。翼のある種族が悪魔たちと戦うファンタジー物語。古典少女漫画ふうの絵柄に、わりと過酷な戦いの描写、そして『宝石の国』を連想させるところもあるが、作者がカナダ人というのも興味深い。
もちろん海外作家が日本の漫画界(日本の漫画誌など)で活躍する例は以前から存在し、例えば『蒼天航路』(李學仁は韓国籍)や、連載中の『DRAWING』(韓国)、『Dr. STONE』(韓国)、あるいはスウェーデン人による日本滞在ルポルタージュ風の『北欧女子』シリーズ、新堂エル(米国)、有名な榎宮祐(ブラジル)、『マタギガンナー』(作画はスペイン人)、そしてこの雑記でも言及してきたように中国の作家たちも日本で作品発表している。もちろん、他国作品からの邦訳版が出ているタイトルもあるし、同人レベルでも台湾を含めて様々な刊行物と文化交流がある。
イラストレーターでも、台湾のREI氏が00年代から美少女ゲーム原画などで活躍しておられたのは、比較的早い時期の業績だったと思うし、さらに『青い涙』(2003)のCDPAは韓国スタッフ中心だったようだ。
その一方で、グリヒル氏のように日本からアメコミに進出したクリエイターもいるし、フィリピンから日本風(萌え系)の絵柄で『アリス』挿絵を描いたKriss Sison氏もいる。ただし、海外でもmangaの人気が高まりつつあるとはいえ、まだまだ市場規模は小さくて、日本のサブカル系クリエイターが海外で生計を維持していけるほどの基盤は無いかもしれない。
岩見樹代子『今日はカノジョがいないから』第6巻。三角関係百合から、さらに拡大していくようだ。学生どうしのじっとりした百合描写は、これはこれで楽しめる。
●続刊等。
水辺チカ『悪食令嬢と狂血公爵』第10巻。この巻は討伐出陣のための準備作業で、状況説明台詞が多くてだれるし、料理に関しても屋台の綿飴を食べた程度で、やや魅力に欠ける。しかし次巻は派手な展開になっていくだろう。それにしても、カバーイラストが毎回微妙に色っぽい(※今回は肉付きの良い素足)。
高山しのぶ『花燭の白』第9巻。いつも通りの最高級。キャラ絵はほどよく緊張感を湛えていながら、しばしば大胆にデフォルメさせるし、コマ組みも含蓄に満ちていて素晴らしいし、物語状況についても鬼族の隠れた歴史と人類との関わりを複雑に掘り下げている。ちなみに、おまけ漫画冊子付きの特装版で購入。
椙下聖海『馬姫様と鹿王子』第4巻。今回は瑠璃先輩をフィーチャーしつつ薬師寺を訪問。古来の神々と、人類の愚かさと儚さと、そしてそれにもかかわらず人類が積み上げてきた文化の精華が、多層的に描かれている。優しい情緒と力強い意志のバランスが美しい。
恵広史『ゴールデンマン』第5巻。旧ヒーローの邪悪さや、ブルースの過去話など、神経に障るような苦い物語が展開されつつ、巻末ではそれらを前向きに希望へ転換していく流れが美しい。
宮木真人『魔女と傭兵』第5巻。剣戟描写は上手くないし、メインヒロインがステレオタイプ好都合キャラで食傷するし、それ以外も品の無い描写や酷薄な思考がたびたび現れるし、ストーリーの展望も渋滞しがちなのだが、それでも不思議な魅力がある。説明の難しい作品。強気に暴走しがちな戦闘美女キャラたちが頑張ったり苦しんだり怯えたりする描写が多いのもちょっと斬新。ちょっとゲスいなと感じる所以でもある。
石沢庸介『第七王子』第19巻。山賊のマルスたちを加えて、ここから本格的に魔物7群とぶつかり始めた。人を救おうとする善き意志を描きだす手つきの美しさも、過去の過ちを想起する悔恨の苦みの真率さも、そして魔術バトル漫画としての凄味も、全てが素晴らしい。
鳥取砂丘『世界は終わっても生きるって楽しい』第7巻。小動物サイズになった未来の人類(?)が、崩壊した世界を放浪する物語。失われた文明の遺産をなんとかして再利用する状況が増えてきた。終末旅行ものの中でも比較的早い時期の作品で、なおかつ、世界設定も凝っていて物語もドラマティックに展開し、しかも絵柄も低頭身で可愛いわりに、シビアな描写も含まれるという貴重な作品。
焼肉定食『アンドロイドは経験人数に入りますか??』第6巻。タイトルの自己申告どおりの百合エロコメディだが、キャラクターたちの心根の優しさがなんとなく気持ち良い。
藤田丞『大人になれない僕らは』第3巻(完結)。第1巻は青春の爽やかさと刺激的なループ状況が噛み合っていたのだが、途中からはネタ切れなのか、どうも迷走気味で、絵も荒れていた。最後はラブストーリーらしい展開で締め括られて、ひとまず満足はしている。自死描写がある点は要注意。
胡原おみ『逢沢小春は死に急ぐ』第5巻(完結)。こちらも死を巡るドラマ(※異母弟に臓器提供してやるため安楽死しようとする少女)。難しいテーマだが、しっかりと誠実に描ききった。自死を決意ししつつ自らの人生の価値を獲得しようと苦闘する物語は、こだまはつみ『この世は戦う価値がある』(第5巻)も同時期に連載が始まっていた。こちらもたいへんな力作だが、いかにもスピリッツ誌らしい都会生活での捨て鉢なパワーに満ちている。
緒里たばさ『暗殺後宮』第8巻。今回は宮廷衣装を仕立てる第11兄とのエピソードが続いている。有能だがシャイな宮女というキャラ個性、皇帝への思慕というドラマ要素、そして暗殺(を防ぐ)というサスペンス&アクションの側面がバランス良く含まれるし、嫌らしい悪役も少なめだし、ここぞというシーンはしっかり決めてくれるのでたいへん楽しく読める。
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第11巻。この巻は主人公の過去話の決着と、幕間のつなぎのようなエピソード集。描写がやや説明的にすぎるところめもあれば、逆に美的効果を最大化する幻想的な演出もある。
NON『POLE STAR』第4巻。熱海を舞台にした、ポールダンサー志望少女の物語。いかにもモーニング誌らしく、やや垢抜けない絵柄と地道な描写でじっくり進んでいく。
古日向ひろは『石神戦記』第5巻。大掛かりな決戦がひとまず締め括られるまで。おねショタと古代風世界に惹かれて読み始めたが、漫画として上手い。例えばバトル描写も、身体の動きをダイナミックに描きつつ、スピード感のあるコマ組みと意欲的なカメラワークで見事に演出している。読みながら、「えっ、この漫画ってやたら上手いな!」とあらためて感心した。
あさりよしとお『超音速の魔女』第3巻。古典的にコミカルな画風をベースにしつつ、科学的(SF的)歴史的にがっちりした描写もさらりと忍び込ませて、対飛行船のドラマを展開している。トーンをほとんど使わない硬派な作画そのものにも、大きな魅力と迫力がある。
幾花にいろ『あんじゅう』第3巻(完結)。さすがは日常駄弁り系漫画の名手で、リアリスティックな具体性の手触りのある台詞と、その一方で漫画的な(フィクションとして、エンタメコンテンツとして作り出された)機知に富んだ会話の間のバランスが面白い。二人がルームシェアを始めたエピソードを回顧して締め括った。相変わらず、あとがきが内幕や反省を正直に書きすぎているのが微笑ましい。
冬目景『百木田家の古書暮らし』第6巻(完結)。三姉妹それぞれの恋愛が、決着を付けたり、新たな展開を迎えたり、あまり変わらないままだったりして、物語としては終わらせた。古典邦画的なホームドラマだが、読後感は良い。